メディア史の重要性と必要なテキスト
メディアは移り変わりが激しく、どの時代に生まれ育ったのかがメディア経験を大きく左右する。Twitterの設立が2006年(20年前)なのだから、今の大学生は「Twitterのない時代」は知らないし、2010年頃の参加型文化の雰囲気もピンとこない。だからこそメディア史の重要性は高まっている。
「SNSが社会を変える」という技術決定論的な素朴モデルを持つことは、学習者のラーニングパスウェイにおいて必要な段階である。研究者は技術決定論の素朴さをいかに乗り越えるかに関心を持つが、初学者にとってはメディアやテクノロジーを重要な検討対象として注視できることがまず肝心だ。そこがないとメディアについて学ぶ意義を実感しにくい。
そのうえで、素朴モデルから一歩進んだ洗練された概念形成をする段階になって、メディア史の知識が求められる。「SNSが社会を変える」という素朴モデルは、学習者が身近なメディア(たとえば、InstagramやTikTokなどの現代的なSNS)のことを要因として取り上げがちだからこそ生じる。だが、メディア史を知っていれば、「過去のSNS」や「ブログ」や「プリクラ」においても「ある程度、似たようなメディア実践」が行われていたことに気づく。そして、それらのメディアとInstagramやTikTokは何が違うのか、それは単に技術的な要件の違いなのか、を考えていくと、素朴モデルの組み替えが始まる。
だからメディア史の教授が重要なのだが、いま書籍で流通している「メディア史」のテキストは、扱っている時代がちょっと古い。20世紀初頭や中頃は、研究者からすれば全く昔過ぎるわけではないのだが、学生の実感と地続きで扱うには難しい。必要なのは1990年代〜2010年代のメディア史である。一般書レベルでは「平成史」の関連でいくつか出ているが、大学教育で用いるテキストとしてはまだないのではないか。
この時代の「ワールド・ワイド・ウェブ研究」や「ケータイ研究」は、いま現役の研究者がかつて最先端で取り組んでいたテーマであるから、「歴史」という観点では見られていないのかもしれない。だが、そうした著作もすでに絶版になっている。いま「メディア史」として編み直さないと、学生にとって時代としては近いのに、むしろ一番アクセスしづらい知識にならないか、と思う。