趣味とライフスタイルメディア

変化の起きない日常を伝えるメディアは信頼できるか

居場所的な側面をもつインフォーマル学習の現場は「すぐに変化を起こそうとせず、待つ」ことに価値を置きつつも、「すぐに変化を起こさないと説明責任を果たせないのではないか」という危惧を抱えている。これをメディア・コミュニケーション的に捉えると「すぐに変化が起きない日常に関する説明は、いかにして信頼を獲得しうるのか」という問題になる。

この問題は、ライフスタイル・メディアの領域における、一般人が表象されるときにビフォー/アフター型の変身物語でないと受容されないのか、日記や Vlog のような「なにげない日常」でも受容されうるのかという問題に似ている。日記や Vlog が信頼を獲得しうるならば、インフォーマル学習の現場も信頼を獲得する手立てはあるように思える。

ただし、日記や Vlog のオーディエンスは自分の好みでそのコンテンツに接触するが、ステイクホルダーは必ずしもそうではない。資金提供者や地域住民をはじめとする様々なステイクホルダーはどのようなオーディエンスとしてデザインされるべきなのか、「○○だより」のような定期刊行物が果たす役割は何か、そこで生じる関係労働を誰が担うのか・・・などが問われるだろう。どのような条件において資金提供者は情動的な信頼を寄せられるだろうか。